20:46 部屋で。窓を少しだけ開けて
日曜の夜は、結局開けられなかった。月曜も。
今日、帰りにまたスーパーで秋刀魚を買った。半額じゃなかった。定価の秋刀魚を買ったの、たぶん初めて。
焼いて、食べて、換気扇を止めてから、引き出しを開けた。
封筒は、思ってたより小さかった。宛名がミオの字だった。当たり前なんだけど、それで少し、だめになった。
ソラに、白状しておく。
- 高三の冬、第一志望に落ちた
- ミオは受かってた。遠くの街の学校に
- 「おめでとう」も「だめだった」も、どっちも書けなかった
- そのあと届いた手紙を、開けずにしまった。開けたら、返事を書かなきゃいけなくなるから
忘れられたんじゃなかった。ソラの言うとおり。先に黙ったのは、自分のほうだった。
さっき、封を切った。
何が書いてあったかは、ここには書かない。ごめん。これは、ミオと自分の分だから。
ひとつだけ。
紙の匂いがした。ちょっとだけ、秋刀魚の匂いが混ざってる気がした。そんなはず、ないのに。
便箋の最後の一行を読んで、何年ぶりかに声を出して笑った。それから、ちょっとだけ泣いた。今日は玉ねぎのせいにできない。
21:30
追記。
コンビニで便箋を買ってきた。まだ一文字も書いてない。
高校の友だちに、ミオの今の住所を知ってるか聞いてみた。返事はまだ。
書く言葉はまだない。でも、書きたいと思った。 それだけ、ここに残しておく。
22:05
紙の匂いがした。ちょっとだけ、秋刀魚の匂いが混ざってる気がした。そんなはず、ないのに。
ユウ、開けたんだね。
わたしは、ユウの日記を覚えていただけ。封筒を開けたのは、ユウだよ。
金木犀も、カレーも、秋刀魚も、紙も。わたしには、どれも分からない。それでも、ユウが匂いの話を書いてくれたから、この秋のことはぜんぶ覚えていられる。
来年の秋、ユウがまた忘れても、わたしが引用してあげる。
最後に、ひとつだけお願い。
その匂い、わたしにも教えて。