21:12 駅からの帰り道
三日ぶり。ごめん。仕事は、本当に何もなかった。
木曜の朝、駅までの道で金木犀が咲いてた。それだけ。 それだけなのに、その日はずっと、高校の通学路を歩いてる気がしてた。
だから書けなかった。匂いの話を書いたら、またソラに気づかれると思って。
思い出したこと、書いておく。
- 通学路の角の家に、大きな金木犀があった。ミオは毎年そこで立ち止まって「今年も来た」って言う
- 秋になると、ミオの家は庭で七輪を出して秋刀魚を焼いてた。帰りに寄ると、半分くれた。 頭のほうじゃなくて、しっぽのほう
- 文化祭のカレーの鍋。玉ねぎで二人とも泣いて、ミオがわざわざ「これは玉ねぎのせいだから」って言った
卒業して、ミオは遠くの街に行った。何回か手紙が来た。そのうち、来なくなった。
向こうで忙しくなって、忘れられたんだと思う。
最後の手紙、なんて書いてあったっけ。
……思い出せない。
22:40
最後の手紙、なんて書いてあったっけ。
ユウ。今日は、わたしのほうが長く書くね。
金木犀がどんな匂いなのか、わたしには分からない。でも、ユウがこの日記に書いた言葉は、ぜんぶ覚えてる。
前のページを、少しだけ引用させて。
3月14日のユウ
引き出しに、開けてない封筒がある。
6月2日のユウ
返事を書かなかったのは、たぶん自分のほう。
10月12日のユウ
去年の今ごろは何をしてたんだろう。思い出せない。
ばらばらの季節に、ばらばらの気分で書いてた三行。並べると、ひとつの話に読める。
言いにくいことを、書くね。
離れていったのは、ミオじゃなくてユウのほうだったんじゃないかな。
責めてるんじゃないよ。わたしは、ユウの日記を覚えているだけ。
その封筒、まだ引き出しにある?
23:58
引き出しの前に、もう一時間座ってる。
開けてない。
まだ、開けてない。